大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(行コ)48号 判決

埼玉県越谷市思間一一七七番地

控訴人

野村政吉

右訴訟代理人弁護士

松本昌道

正田茂雄

尾崎正吾

同県春日部市大字粕壁字浜川戸五四三五番地の一

被控訴人

春日部税務署長

笠井繁男

右指定代理人検事

島尻寛光

法務事務官 室岡克忠

国税訟務官 植木功

大蔵事務官 上條晃一

右当事者間の所得税決定処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は、昭和五二年一二月七日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(申立)

一  控訴代理人らは、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四四年一月二八日付でした(一)昭和三八年分所得税の決定並びに無申告加算税の賦課決定、(二)昭和三九年分所得税の決定中内納税額金一五九万〇、八〇〇円を越える部分並びに無申告加算税の賦課決定、(三)昭和四〇年分所得税の決定中納税額金一二万三、〇〇〇円を越える部分並びに無申告加算税の賦課決定を、それぞれ取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  被控訴代理人らは、控訴棄却の判決を求めた。

(主張及び証拠)

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり付加、補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決二枚目-記録三二丁-裏末行の「申告加算税」とあるのを「無申告加算税」と、原判決六枚目-記録三六丁-裏八行目「同2の(4)」から同九行目の「認める。」までを、「同2の(4)の事実は認める。」と、原判決三五枚目-記録六五丁-表三行目の「10,000」とあるのを「100,000」と、それぞれ改める。)。

一  控訴代理人らは、次のとおり述べた。

(一)  控訴人は、原審において、本件貸金には日歩四銭の利息の定めがあつたとの被控訴人の主張を認めたが、右自白は真実に反し錯誤に基づくものであつたから、これを撤回する。本件貸金には利息の定めがなかつたものである。

かりに利息の定めがあつたとしても、日歩四銭の定めではなかつた。すなわち、控訴人は、かつて秋山康任に対して有してていた二、〇〇〇万円の貸金債権を昭和三七年一一月関東自動車株式会社に譲渡しており、控訴人と右会社との間においては、同会社が秋山から右譲受債権の利息の支払いを受けた場合、その限度において控訴人に対して本件貸金の利息を支払う約であつたところ、秋山は右会社に対して利息の支払いをしていないから、本件貸金の利息を支払う義務はなく、したがつて、控訴人には所得税法上収入実現の可能性すらなかつたというべきである。

(二)  所得が発生したといえるためには、一般的に所得が現実に実現されたことまでは要求されなくても、所得の生ずるべき権利が所得実現の可能性の高い程度に成熟確定していることを要し、当該権利がこの程度にいたらず単に成立したのに止まる段階では、いまだ所得が発生したとみるべきではない。そしてこの観点からすると、本件貸金の利息には期限の定めがないから、貸主が相当の期間を定めて催告することが権利行使の要件であり、少なくとも右催告をし、かつ相当期間の経過をもつて権利の確定があつたものというべきである。しかるに、控訴人は本件貸金の利息についてなんら催告をしていないから、その支払期限はいまだ到来していない。したがつて、所得の発生ありとみるべきでない。

また、本件貸金は、昭和三五年関東自動車株式会社が経営危機に陥り事実上整理の段階において生じた控訴人の右会社に対する求償債権を貸付金として帳簿上の処理をしたものであつて、右会社は昭和三八年以降昭和四〇年頃にいたるも殆んど営業停止の状態にあり、かりに右貸金について利息の定めがあつたとしても、控訴人は右会社から元金の支払いを受けることさえ到底不可能であつたから所得の発生ありとみるべきでない。

二  被控訴人代理人らは、次のとおり述べた。

(一)  控訴人の自白の撤回に異議がある。

(二)  金銭消費貸借上の利息・損害金債権は、弁済期が到来すれば、現実には未収の状態にあつても、所得税法三六条一項にいう収入すべき金額にあたるものとして課税の対象となる所得を構成するものであり、弁済期の定めのない債権は債権発生と同時に弁済期が到来するのであるから、本件未収利息を各年分の収入すべき金額とした本件処分には、なんら違法はない。

なお、控訴人と関東自動車株式会社との間の本件貸付金債権というのは、同会社の株式会社十六銀行からの借入金を同債務について同会社のために保証していた控訴人が代位弁済し、右弁済によつて控訴人が右銀行に代位して同会社に対して取得した貸付金債権であり、右銀行が右会社に対して有していた貸付金については弁済期が到来していたものであるから、本件貸付金債権も右代位による取得当初から弁済期にあつたというべきである。

理由

一  本件についての当裁判所の事実認定及びこれに伴う判断は、次のとおり付加、補正するほか、原判決がその理由中に説示したところと同一であるから、これを引用する。

(一)  控訴人は、本件貸金について日歩四銭の利息の定めがあつたとの被控訴人の主張を認めたのは真実に反し錯誤に基づくものであつたといい、被控訴人は、右自白の撤回について異議があるというから、考えるに、成立に争いのない乙第一ないし第三号証の各一、二、第一六号証、第三〇号証の一ないし、三、原審証人中島豊三および同古河晴法(古河証人については第一回)の各証言によれば、控訴人の関東自動車株式会社に対する本件貸金については日歩四銭の利息の約定がなされていたことが認められ、原審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分はこれを措信し得ない。してみれば、控訴人の右自白は真実に反することの証明がないから、その余の判断をまつまでもなく、撤回は許されず、したがつて、本件貸金について日歩四銭の利息の定めがあつたことは、当時者間に争いがないことになる。よつて右事実に反する控訴人の主張は、採用するによしない。

(二)  原判決二四枚目-記録五四丁-裏六行目の「(3)の事実」から同八行目の「その余の事実」までを、「(4)の事実」と改める。

(三)  原判決二六枚目-記録五六丁-表七行目の「しかるに」から同九行目の「認められる。」までを、「以上の事実が認められるところ、控訴人が、右各年度中に関東自動車株式会社から右利息の支払いを受けなかつたことは、前記のとおり、当事者間に争いがない。」と改める。

(四)  原判決二八枚目-記録五八丁-表七行目の「ある。」の次に、以下のとおり加える。

「しかも、前掲乙第一ないし第三号証の各一、二、第一六号証及び古河証人の証言によれば、控訴人は、関東自動車株式会社の昭和三八年一二月の決算期も問近い頃、同会社の監査役をしていた中島豊三と共に、当時同会社の会計事務処理をしていた税理士古河晴法を訪ね、同年度の分からの本件貸金の利息の支払いを請求し、その結果同会社においてこれが承認され、昭和三八年度ないし昭和四〇年度の各利息分が同会社の当該年度の決算報告書に記載されたことが認められるのであり、したがつて、控訴人主張のように、本件貸金の利息が所得となるためには相当の期間を定めた催告をし、これにより権利が確定することを要するものとしても、右事実によれば、控訴人の前記請求により昭和三八年一二月末日までには本件利息債権が確定したものということができるから、控訴人の右主張は理由がない。」

(五)  同裏四行目の「非営業貸金」から同七行目の「採用できない。」までを、「不動産所得は非消費物貸付の対価として取得する所得であり、また預貯金の利子所得は金銭消費寄託契約に基づいて発生する所得であつて、いずれも金銭消費貸借契約に基づいて発生する非営業貸金の利息たる所得とはその性質、収入の態様を異にするものであるから、その取扱いを同一にすべきであるとの主張は、採用するに足りない。

(六)  原判決二八枚目-記録五八丁-表七行目の「ある。」の次に、行をかえて、次の項を加える。

(5) 控訴人は、関東自動車株式会社の当時の営業状態からみて、控訴人が本件貸金につき利息の支払いを受けることは到底不可能であつたから、控訴人に所得が発生したとはいえないというから考えるに、前掲乙第一ないし第三号証の各一、二並びに中島証人の証言及び控訴人本人尋問の結果によれば、右会社は昭和三八年度から昭和四〇年度までの間各決算期において、各年度の控訴人に対する本件貸金の利息未払分を未払費用として計上したうえ、二五〇万円ないし三〇〇万円程度の欠損を出していて、右利息の支払いが事実上困難であつたことは認められるが、右支払いが到底不可能であつたものとはこれを認めがたいのみならず、かりに右支払いが不可能であつたとしても、本件貸金の利息債権については、現実に支払いがなされたと否とにかかわらず、右各年度末に権利が確定したといいうること、前述したとおりであり、これによつて控訴人に所得が発生したものと認めるになんら妨げはないから、前記主張は理由がない。

(六) 同八行目の「(5)」とあるのを「(6)」と改める。

二  よつて、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきであり、これと同趣旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は、理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項により、これを棄却し、控訴費用の負担につき、同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安藤覚 裁判官 森綱郎 裁判官 奈良次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例